tennis365.net テニス365ブログ 新着記事を読む ]    [ テニス365 ホームショッピングニュースログイン ]

fortsevenの独り言 前を向こう!!

人間関係としっぺ返し

さてさて、11月も半ばとなり寒くなってきましたね。
私は汗っかきなので、そんなのとは関係なく、
いつもどおり汗だくなんですが…。

今回のテーマは『人間関係としっぺ返し』です。
ゲーム理論の中の有名な話で、
囚人のジレンマというこんな話があります。
2人の囚人が捕まり、その取調べで、
①2人とも黙秘すれば、共に軽い刑罰となり、
②片方のみ自白すれば、自白した方は無罪放免、自白しなかった方は、極めて重い刑罰を受ける。
③両方とも自白すれば共に重い刑罰を受ける。

その関係の中でどの行動をとるかという話で、
黙秘を信頼(trust)、自白を裏切り(betrayal)とします。
ゲーム理論では、
①の場合、共に2点
②の場合、trust側が0点、betrayal側が3点
③の場合ともに1点
として、
10回の繰り返し点数ゲームを
高名な数学者から回答パターンを集めて行ったそうです。

そして、最強のパターンだったのが、『しっぺ返し理論』
しっぺ返し理論の中身は非常にシンプルで、
まず最初はtrust、相手がbetrayalをしたら次回から、
相手がtrustを出すまでbetrayalを出し続ける。
たったそれだけの内容です。

でも、それが最強だったのです。
高名な数学者が頭を絞って考えたどの理論よりも…。


人間関係においてですが、
このしっぺ返しの関係が崩れると、
人間関係も崩れてしまうのではないでしょうか?

信頼し合えば、互いに何らかの利益が得られる。
裏切れば、裏切りに対する代償を払わされる。

たとえ、信頼し合っても、片方の利益がなければ、関係は成立しない。
裏切りに対して、代償を払うことがなければ、裏切り続けられる。

関係が壊れているところには、
どうもこのしっぺ返しの関係が成り立たなくなっているのではないかと思います。

例えば、派遣労働者の大量解雇、学級崩壊、熟年離婚といった社会問題となっていることから、男女関係のような個人レベルのことまで。

できれば、信頼し続けたい。
でも、状況が変われば、そうは行かなくなる。それは理解できます。

だから、信頼しあうことで得られる利益がなくならないように、
裏切りという選択も、個人の自由の範囲内かもしれませんが、そうならないためのルールが必要なのではないでしょうか?
逆に、それが助長される法律もできてしまったようですが…。

私、個人の話ですが、女性はその時々で楽しくなければ、
全く歯牙にもかけてはくれません。
そんな空気を常に出せればいいのですが、
私は、そんなに器用でも、強くもありません。

正直、しんどいです。
だからこそ、前を向こう。いい顔で笑うために。
コラム | 投稿者 fortseven 00:52 | コメント(15)| トラックバック(0)

公営大会と草トー①

皆さん、試合に参加していますでしょうか?

とりあえず、今回のテーマにあわせるために、
試合のタイプを
1.○○テニス協会(場所によっては連盟)が運営する
市民大会、県大会等の公営大会と、
2.私営のテニスクラブが運営する草トー
に大別します。

ただ、試合というだけでごっちゃにしていませんか?
いくつかの面から、私なりに解析してみます。

・運営の形式と目的
私の認識では、
前者の運営は、他に仕事を持つ人により、ほぼ完全にボランティアで成り立っています。
要は、利益を出すことはあまり考えてないってことですね。

後者の運営は、私営テニスクラブの営業活動の一環として行われています。
草トーそのもので利益を出す、もしくはクラブ自体の運営、付属施設(ホテル等)で利益を出すことが目的の一部となっていると思われます。

ただし、ともにテニス全体の発展に寄与し、
その副作用として、社会に貢献することが目的となっています。

・参加料と賞品と参加資格
参加料は公営大会の方が安いことが多いと思います。
先に述べたように、公営大会では利益を出すことを目的としていないからです。
賞品に関しては、
公営大会では基本的に賞状とトロフィーのみですが、
草トーではそれだけでなく、テニスグッズ等が貰え、
成績が比較的良くなくても、賞品が出ます。
また、草トーには基本的に参加資格の縛りはありません。
参加料さえ支払えば、誰でも参加できます。
公営大会はその地域に居住、勤務、所属などの条件が付いてきます。

・試合数と大会期間
試合数に関しては、
公営大会では、基本的に一度負けたらそれで終わり。
お情けでもう1試合くらいできることもありますが、
それだけです。
草トーでは、一度負けても、コンソレや、
順位トーナメントがあり、その日、試合を十分に楽しんでいけます。
大会期間は草トーのほとんどは、よほど大規模出ない限り、
一日もしくは、その週末で終わりです。
対して、公営大会はその日だけ、もしくは週末のみで終わることはまずなく、複数の週にまたがります。

参加者のサイドから見れば、
安くて厳しい公営大会と、
高いが容易に楽しめる草トー、
と分けることができると思います。

大別まで終えて、きりがいいので、続きは次回に。
コラム | 投稿者 fortseven 23:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

偽装と欲望

最近、○○偽装といわれる事件、ニュースが頻発していますね。

まず、初めに偽装は、
法により定められた基準に対して、
偽りの表示、偽りの品質で製品を売る。
それ自体は決して許されることではないと理解してます。
それに偽装をした人、企業もそれは十分に理解していたと思います。

それなのに、なぜ、偽装はなくならないのでしょう?

いくつか例を挙げてみます。
この問題の発端となったマンション耐震偽装では、
駅近物件で、占有面積100m2以上でありながら、
その価格は市場価格よりも、ありえないほど格安であったと聞きます。

また、年賀はがきの再生紙使用偽装では、
郵政省のはがきの白さへの要望が高く、
再生紙の配合量が基準以上では到底、到達できないレベルであったと聞きます。

商いの世界には、
カスタマーサティスファクション(CS)という言葉があります。
そのままですが、顧客を満足させる製品を作り提供しようという考えです。

顧客の要望に応えるために、末端企業が高いハードルを設置する。
その高いハードルを越えるために、その川上メーカーは必死に努力をする。
しかし、そのハードルが高すぎるだけでなく、納期に追われ、超えてはならない一線を越えてしまう。

冒頭に述べたように、偽装は許されることではありません。

しかし、その偽装の原因の一つに、
『過度な品質を安価に、安易に求めすぎる消費者』
があると思えてなりません。

人の欲望は飽くなきもの。
ですが、その欲望と
人の知恵が超えられる壁の高さには大きなギャップがあり、
それゆえに世の中に歪が生じている。

信じられないと嘆く前に、
本来のあるべき品質と価格について理解を深めるべきではないでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 02:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

ジャッジ

私が出場するテニスの試合のほとんどはセルフジャッジ。

自分側のコートに落ちるボール、
つまり、相手の打ったボールの判定をするのですね。

セルフジャッジだと、
過剰な勝気を持ってしまうと、
自分有利の判定を下すこともできてしまうのです。

そんな側面を持つセルフジャッジですが、
マナーとして、
見えなかったボールは全てイン。
見えていないのだから、相手に不利な判定をしてはならない。
というようなことが言われています。

私も草トーではビギナー、アドバンス、オープン、
これら3クラスにエントリーしてきましたが、
テニスの技量だけでなく、ジャッジのレベル、クリーンさも
クラスが上がるほど、上がると感じています。

単純に、ボールを見る力や、ジャッジとしての経験値が高いのかも知れませんが、
クラスが上がると、ジャッジに対して、不快な思いをすることは格段に少なくなると思います。

それは、テニス自体に人を育てる力があるためだとも思います。
また、いいジャッジができなければ、いい練習相手にも恵まれにくい、
そういう側面もあるためだと思います。
(スポーツ全般にそうかも知れませんが…)

相手と直接対峙して、自身で判定をするスポーツは
他にあまりないのではないでしょうか?
(バドミントンもそうでしょうか?)

試合の勝ち負けは、
技量や、その人の身体能力に左右されるかも知れません。
それでも、
クリーンなジャッジをして、
現状の力を出し切れたときは、
勝てなくとも、勝者を称え、気持ちいい試合ができると思います。

楽しいテニスをするために、技量だけでなく、
『ジャッジをする力と心』も高めて行きたいですね。

良くないジャッジで勝敗が左右されてしまうのは、
悲しすぎますから。
コラム | 投稿者 fortseven 22:31 | コメント(2)| トラックバック(0)

大したこと

『大したことない』

時々、耳にします。

私自身も試合の時などに、
自分よりも強い相手にぶつかった時に
『この相手のあの部分は大したことない』
と自分の心に言い聞かせたり、
パートナーに言って、
強い相手に萎縮しないため、
自分たちを鼓舞することはよくあります。

でも、この『大したことない』を
使いすぎてはいませんか?

使うべきではないとき、
使ってはいけない相手に、
不明確な理由で、
使ってはいませんか?

『大したことない』という言葉は、
間違いなく、『上から目線』の意味合いを含んでいます。
それで、他者を傷つけてしまうことは、
大したことではないでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 15:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

大人の資格

私ももう30歳です。
世の中では、もう立派な大人と見なされますね。

大人の資格や証明って何でしょう?
成人式をすれば、大人?
異性と関係を持てば大人?
そうでしょうか?

人は誰しも、支え、支えられて生きています。

その支持バランスが、
支える方が、
支えられる方よりも、恒久的に大きくなったときに
初めて大人といえるのではないでしょうか?

支えるには、本当に多くのものが必要になります。
責任感、実力、努力、体力など
(トータルとして人間力とも言うようですが)
いろいろあり大変ですが、
ほとんどすべての人が大人になれる、
また、大人とならなければなりません。

そうした大人は、自然と尊敬できますよね。
もし、そうできないようならば、
自身の見る目をもう一度見直さなければ、
ならないのではないでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 00:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

ビックリマンシールとサークル入会資格

私が小学生のころ、
ビックリマンシールが流行った。
30円のお菓子にキャラクターシールがオマケについているもので、
月刊少年誌の漫画連載とともに
そのシールの収集に多くの小学生が夢中になった。

そんなある日の学級会、
ビックリマンシールを持ってない子を
仲間はずれにしないようにという注意があった。
きっと、誰かがビックリマンシールを持たない子を仲間はずれにしてしまったのだろう。

話は変わって、以前、サークルを探していたとき、
多くのサークルでは入会資格の目安として、
『男性、中級以上、女性は初心者からOK』
というのが多く目に付いた。

よく、
『○○君とも仲良く遊びなさい』
という親がいて、
『○○君はビックリマンシール持ってないから、
一緒に遊んでも楽しくないから、ヤダ』
という子供がいる。

その一方で、
『テニスがある程度上手くないと、
一緒にテニスしても楽しくないから、仲間に入れたくない』
という大人もいる。

行動範囲が広く遊ぶ場所を選べる大人と、
行動範囲が限られ、遊ぶ相手も、場所も限られている子供では話が違うのかもしれない。

それでも、これらの根源は同じで、
自分たちの楽しい空間を維持したいという思いが強く、
その結果、その空間を崩しそうな人を排除してしまうのだろう。

そういう思いは全く理解できなくもない。
でも、
子供の遊びも、私たちのテニスも、
そのほとんどは、
その頂点や高みをただ目指しているものではない。
ならば、そんな理由だけで、結果的に排除するのは、
よくないのでは、ないのかな?
他に理由がある場合はまた別ですが。

きっと、受け入れるだけの余裕がないのだ。
もうちょっと、余裕を持とう。
そうした余裕のある人はきっと素敵なのだから。
コラム | 投稿者 fortseven 23:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

とどかぬココロ

ココロや想いは目に見えない。
だから、伝わらないことが多い。
結果という非常にわかりやすいカタチでなければ、
伝わらないこともある。

その想いが強ければ、強いほど、
空周りしやすい。

試合に出場しながら、テニスをしていると、
だんだん、その真剣度が上がってきて、
結果を強く求めるようになる。

ダブルスでは、時にパートナーのために勝ちたいと
強く思うことがよくあると思う。
MIXダブルスなどは特に。

女性から見ると、MIXダブルスの試合に出るってどういうことなのだろう?
私の知る限りでは、MIXダブルスの試合に出ている男性はパートナーと一緒にプレイしながら、
その人のために勝ちたいと強く思っている人が少なからずいる。

ある意味では下心があるという人もいるかも知れませんが、
やはり、特別な人と組むのなら勝ちたい。

そして勝てたときのパートナーの笑顔が最高の賞品となっているようにも思う。
(賞品とは失言に近いかもしれませんが)

でも、その想いが強すぎると時に、
力を発揮できない原因となってしまうことも
また多々ある。

勝たなければ駄目なのか?
負ければ悔しい。それがパートナーのミスによるものならば、腹の立つこともあるでしょう。

でも、一緒にプレイできるだけでも、
実は大事な事なのかもしれないし、

そのミスが強すぎる思いによるものなのかもしれません。
だから、あまり勝つことだけに執着しすぎないで欲しい。

あなたの隣にいる人はあなたに勝利を贈りたいと
必死なのだから。

でも、負けた後、喧嘩をしているペアもいますね。
本音で喧嘩ができて、
どんなに喧嘩をしても、しばらくしたら、
また元通りに戻れる、

そんな、関係がうらやましく思えることもある
今日この頃でした。
コラム | 投稿者 fortseven 01:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

教師と保護者

最近の教育に関するニュースを見ていると、

いつから、教師と保護者は敵になったのか?
と疑問に思います。

そもそも、
教師は学校で、
保護者は学校以外で、
子供を守り、育てていく、協力関係にあったのではないのか?

何が目的なのか?
子供が成長していくことを助けたり、
明らかに間違えた道に進まないようにすることが
目的なんじゃないのか?


「自子中心主義」
「学校に対して消費者としての意識」
「上から目線」
「クレーム体質」

どれもおかしいだろう。
親は自分の子供が学校で
「お山の大将」であればいいのか?

取り返しのつかない範囲でなければ、
怪我をしても良いと思いませんか?
そのために多少傷が残っても、それは大事な成長の証として残るのだと思います。

私の親は、
「けんかしてもいいけど、絶対素手で1対1でやれ」
「女の子には絶対手上げるな」
って言ってました。

けんかは弱かったので、負けることのほうが多かったんですけどね。

また、話が脱線してますね。戻します。

学校は一般的な民間サービスとは違うのです。
塾のように、テストで点を取れるようにするわけではなく、
何かのスクールのように、その物事を上手くできるようにするのが命題ではないのです。

学校は子供が成長する場なのです。
それに、必要以上に保護者の保護が入れば、
子供の成長が損なわれます。

可愛い子には旅をさせろとか、
獅子は子を谷に落とすとか、そこまでは言いませんが、

子供の成長が第一優先なのではないでしょうか?
そのために必要なのは、
学校VS保護者の構図ではなく、
両者が足りないところは補い合ったり、
必要なときは協力し合う、
そんな体勢ではないでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 22:39 | コメント(2)| トラックバック(0)

NOVAの苦境

なんだか、昨日からNOVAが大変なことになってるみたいですね。
経済産業省から、6ヶ月間の長期型の新規契約の停止の指導が出たようです。
実は、私もNOVAの生徒なのですが、
今回の新規契約停止は実質的に、いままでのNOVAの全ての契約を停止させるものです。

要は問題点が解決されるまで、新規契約を増やしちゃだめよん
って指導が入ったんですね。

NOVAって、ちゃんとまじめにやればそれなりに、
英語が話せるようになると思うんですが、
悪評も多いようですね。

NOVAに通っている者として、
NOVAの良い点、悪い点を並べてみたいと思います。

良い点
・1レッスンのあたりの単価が安い。教材も安い。
(比較的ですよ)
・主要な駅前に教室がある。
・毎回、インストラクター、生徒の面子が換わるので
いろんな人と話ができる。
(インストラクター固定を売りにしているスクールもある)

悪い点
・やっぱり予約が取りにくい。
2週間前から予約ができ、その時点では、ほぼ自由に時間指定できるが、
3日程度前では時間の指定はおろか、取れないこともある。

・教室によっては、高レベルのレッスンがない。
大きな駅の近くにあるスクールには全クラスあるけど、ちょっと辺鄙な駅のスクールだと中級くらいまでしかない。

・インストラクターの当たりはずれがある。
(どこでもそうかも。でも、はずれは少ないですよ)

・勧誘がしつこい。
しつこくないと、契約が取れない、踏み切らせれない
のは理解できるが、
人によっては、不快感を感じるくらいしつこい人もいる。
(悩んでいる場合と、拒絶している場合を区別できていないのか、それともしてないのか?)


私も少しですけど、ネット上でNOVAの評判を見ましたが、
個人で酷評を残す人は、その人自身にも原因があるんじゃないのかな?と思うのが大部分でした。

もちろん、NOVAのシステムで全ての人が上手くできるわけではないので、
そういう状況に対して、冷酷なNOVAのシステムには、
疑問を感じる部分もあります。

それでも、NOVAの本質は、
「英語を話せるようになりたい人のために、
ネイティブの講師と会話する形式のレッスンを
できる限り安価で、受け易い状況で提供しよう」
というところにあるのだと思います。

それで、解約条件を厳しくして、
シブシブでも継続させよう、
継続しているうちに上手くなっていくこともあるだろう、
という部分が悪い形で出てしまったのかも知れません。

重要な部分として、
良い講師、良いスタッフ、良い生徒仲間に恵まれると
自然に英会話も楽しくなったりします。
そういう部分はテニススクールともつながっていますし、
上達に関しても、結局は本人の願望の強さと、努力次第なのだと思います。


最近、一ヶ月くらい行ってないなぁ。
行かないとね。たくさんお金払ってるんだしね。
コラム | 投稿者 fortseven 00:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

テニスとゴルフの差

今月末に社内の試験があって試験勉強を強いられています。
でも、あまり進んでません。。。

ちょっと休憩がてらにテニスとゴルフの差についてぼやいてみます。あくまで素人のぼやきとして読んで頂きたいと思います。
(とても長~い記事です。本当に暇な方のみお進みください)

長くてウザイんですけど。。。。
コラム | 投稿者 fortseven 23:46 | コメント(4)| トラックバック(0)

自由?

いつからだろう?
自由に生きることが素晴らしいことだと解釈されるようになったのは?

多分、
バブルの時期くらいに、
「一生懸命、勉強して大学に入って、一流企業に就職すること」が
幸福のレールとして敷かれたときに、

それに対するバランスを取るための言葉だったのだろう。

そういうレールだけが幸福じゃないって、
メッセージだったのだと思う。

でも、自由をはき違えてはいけない。
たびたび言われることだが、
自由の権利には、必ず義務がついて回る。
また、当然、禁止事項もついてくる。

自由、自由だと、何でも勝手をしていいわけではない。
生き方の選択肢は多くあって、決定されているわけではなく、決めるのは自分自身なのだ。

でも、実際に進むには、
どの道にしてもそれなりの努力と少しの運が必要で、
選んで、決めたら、頑張って、
あとはなるようにしか、ならないこともいっぱいある。

そう、だから人生は難しい。
コラム | 投稿者 fortseven 01:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

馬鹿に見えるかな?

いつのころだろう、
一生懸命やることをカッコ悪いと
周りの人が思っていると感じたのは。

多分、中学生のころだったと思う。

なんだか当時、
上手くできないなら、やらないほうがいい。
上手くできないのは、カッコ悪い。
できないのにやろうとするなんて馬鹿みたい。
一生懸命やっても、できそうも無いから無駄だ。

そんな考え方が私の周りでは広がっていたように感じた。

私も、そんな考えに振り回されていた。

なぜか、

笑いものにされて、いじめられるのが怖かったから。

でも、本当のところ、
誰もが最初は何もできなくて、
下手くそで、
そこから努力して、練習して、
一生懸命頑張って、
わからなかったら、教えを乞うて、
頭を下げて、カッコ悪いことを繰り返してしか、

何かをできるようにはならない。


また、一方では
『楽に楽しく生きたほうがよくない?』
って、考え方も広がっていたように思う。
でも、本当に楽しいことって、
楽に過ごすことなのかな?

簡単にできることって楽しくないのでは?
人からただ与えられたり、
他人が作った枠の中での遊びって楽しい?

本当に楽しいことって、
自身が努力して、何かを成し遂げたり、
得たりすることなんじゃないのかな?
それで、自分自身だけでなく、
周りの人にも何か影響を与えられたときに
楽しいと感じるんじゃないかな?

だから、努力とか、それに伴う失敗は、
カッコ悪くないと思う。
あきらめなければ、
わからなければ人に頭を下げて聞けば、
きっといつか上手くいく。

少なくとも、そうしないよりはきっとイイ。
だから、決めたらやり通そう。
それ自体がとても難しくて厳しいことだけれども。
コラム | 投稿者 fortseven 00:55 | コメント(4)| トラックバック(0)

らーめんのおねだん

ラーメン 一杯500円。

この値段どう思いますか?
安い?それとも
高い?

とあるラーメン店で大将とこんな話をしました。
(千葉では結構有名なお店です)

そこのお店の大将は
某有名ラーメン店で15年以上修行をして、
数年前に千葉市内にお店を構えたとのこと、
そのためか、魚介系のスープからなる、
コクのあるすっきりとした醤油ラーメンはとてもおいしかった。
でも、日曜日の昼時なのに、客足はまばら。
原因は多分、立地の悪さにあり、
県道沿いではあるが、駐車場は2台分のみ、
駅からは遠く、とても歩ける距離にはなく、
さすがにラーメンのために、千葉からひと駅の離れた駅から
さらにバスというのは、
なかなか億劫だと思う。

だから客足が伸びない。
ここのラーメンは一杯650円。
この味ならば、妥当な価格だと思う。
けども、駐車場がいっぱいかも知れないのに、
車で行く気にはなかなかなれない。

そこで、大将と仮の話をしてみた。
もし、このラーメンが一杯500円だったら…。
きっと、近所の人や、高校生がたくさん来るだろうね。
って、

自称スープ職人の大将曰く、
一杯500円というのは数が出れば、不可能な価格ではないそうで、
ラーメンの原料費は大まかに分けて、
麺とスープとなり、麺の値段は100円以下なのだそうです。
重要なのはスープで、
ラーメンが何杯出ようと、
スープは大きな寸胴一杯仕込まないと、いいスープは取れないため、
一日のスープの仕込み量はラーメンの売り上げ数とはあまり関係なく、
数がでれば、ラーメン一杯あたりのスープ単価が下がり、
一杯500円でも十分に採算がとれるとのことでした。

ラーメン一杯500円はやはり安いですよね。
それを一杯290円で出す幸楽園(字あってますか?)の
システムはすごいですね。
コラム | 投稿者 fortseven 00:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

アイシングって良いの?

最近の疑問です。
アイシングって良いの?

テニスエルボー、ひざの痛み、椎間板ヘルニアをはじめとする腰痛。
一般テニスプレーヤーと言えども、
これら関節系の怪我とはいつ向き合わないといけなくなるかも知れません。

テニスエルボーの人が、プレイ後にアイシングをしている光景をしばしば見受けます。
でも、アイシングって良いのでしょうか?

素人考えで単純に考えると、
怪我の治癒を目的とした場合、
適度に暖めて、血行を良くして、
新陳代謝を高めることが有効なはずです。

逆に冷やせば、血行の流れは悪くなり、代謝は低下し、
治癒は遅くなるかと思います。

なんで、アイシングがいいのでしょう?

以下、国立スポーツ科学センターHPより抜粋です。
冷却により血流を低下させ、(1)損傷組織の代謝を減らすことで二次的な組織の低酸素状態と浮腫の量を減らす効果があると考えられている。また同時に神経の活動を下げ、痛みを緩和する効果についてもいわれている。
このほかにも冷却により筋や靱帯・腱といった軟部組織の粘弾性を変化させ、外力が加わってもこれらの支持組織が伸びにくくなるといった報告もある。運動により関節の温度が上昇すると関節の支持組織である靱帯が伸びやすくなり、関節が不安定になりやすいのだが、関節内温度を下げることにより靭帯の粘弾性が上がり、靱帯が伸びにくくなる。
外傷以外でのコンディショニングでは、運動で筋温が上がっている筋肉を冷却することで、筋が収縮しやすくなり発揮筋力が増大するということも報告されている。

中略
アイシングやクーリングの生理学的効果については科学的に研究されて普及してきたが、決してアイシングで組織が治癒するわけではないことを念頭におく必要がある。外傷後には段階的なリハビリが必要であって、不十分な治癒でアイシングして痛みを感じなくして競技に復帰することは当然避けなければならない。


うーん、痛み止めと、ダメージを受けている周辺の低酸素状態を抑えることが目的のようですね。
肝心な主損傷組織は変わらないって事ですね。

冷却により筋や靱帯・腱といった軟部組織の粘弾性を変化させることについては、
私もプレイの合間に水道水を手ですくって、
腿から膝にかけて塗りたくると、
水の蒸発熱による冷却のせいか、かなり楽になるので、
納得が行きます。

どちらにしても、やはりアイシングで怪我が治ることは無いようですね。
野球のピッチャーが登板後、アイシングをしている様子がまれにテレビ中継で流れますが、
昔、稲尾投手をはじめ、200勝投手が多く出現していた
時代にはアイシングなんて無かったはずですよね。
(野球の質、登板回数、レベルの変化も重要なポイントですが)

私のあくまで個人的な結論としては、
アイシングは痛み止めの要素が強く、
もしやるとしても、10分程度で、
氷でする必要は特にないと思います。(多分、水でも可)

それよりも、プレイ中に関節周りを適度に冷却し、
過度に関節が柔らかくなり過ぎないように心がけることが
重要だと思います。

エルボーになってしまったならば、
ゆっくりと暖めて、代謝をあげて、
損傷部位の修復のためにタンパク質やアミノ酸(BCAA)等を摂取して、
まず、治癒に専念することが大事だと思います。
テニスそのものをしなくとも、下半身関連のトレーニングさえしておけば、
復帰後、もとのレベルまで戻すことは比較的容易だと思います。
また、違う視点として、軽度で長期的な怪我の場合は、
上手く付き合う方法を、
スイングの改造、練習内容の変更、身体のケアなどで、
包括的に考える必要がありそうですね。


あくまで、一般プレーヤー、医療に関しては全くの素人の考えですが何かの参考になれば。
その他、ご意見等あれば、是非。
コラム | 投稿者 fortseven 23:46 | コメント(3)| トラックバック(0)

非公開。

一旦、記事を書き上げてアップ。
そのあと、読み直した時に、
「ヤバイ」
やっぱりこの記事あげるんじゃなかった。。。

と、思って消そうとは思うが、
なんとなくもったいないので、
非公開にして、そーっと置いておく。

そんなことをしたことありませんか?

私はたびたびやってます。
せっかく、長文書いたのに、
「生々しすぎる」
「誰かの怒りを飼いそう」
「まとまりが無さ過ぎる」
「書いた本人ですら言いたいことがわからない」
「単純に恥ずかしい」

そんな理由で「非公開」になっている記事が
ぽろぽろぽろ。
いくつもあったよなぁ。

だからといって、再公開にもしませんが。
コラム | 投稿者 fortseven 23:20 | コメント(4)| トラックバック(0)

草トーっていったい何?

草トーっていったい何でしょう?

私は、
レッスン=練習(ミスを恐れずに、いろいろ試す場所)
草トー=試合(ある程度、結果を求める場所)
という感覚でいました。

ちょっと、また金銭的、時間的な面から考えてみたいと思います。

スクールのレッスンは大体
1.5~2.0hで¥2000~2500くらいでしょうか?
その中で、コーチとのポイントレッスンを受け、アドバイスをもらったり、
他の生徒さんとの打ち合いをするわけです。
単価は¥1300/hくらい。

草トー(シングルスの場合)
仮に1セットマッチを3試合できたとして、
大体、実質2.5h、¥4000くらいですね。
試合だと、レッスンとは異なり、
テニスそのものと向きあうこととなります。
単価は¥1500/hくらい。

レッスンはコーチが上達のために、あるテーマに対してクローズアップし作り上げた限られたテニスの一部であって、
やはりテニスのゲームそのものとは異なります。

「草トーで一体何をするのか?」
「草トーで何をしたいのか?」、
が今回のテーマですが、

力試しの場所として、
勝つことの優先順位を上位に上げるのか?
いろんな人との出会いの場所とすることを優先するのか?
あくまで、ただの月例大会として、
自己評価をしながらレッスンの延長線として捕らえるのか?

これまでの私には、
試合がレッスンの延長線という考え方はありませんでした。
多分、時に試合中、どうしようもないビビリにはまるのは、
勝ちにこだわりすぎたためかもしれません。

草トーも、レッスンの一環と捕らえれば、
もっと楽に楽しく、テニスができますよね。

テニスは基本的に楽しいものですから。

コラム | 投稿者 fortseven 11:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

スクールの品格

最近、ステップアップに関してぼやいてばかりですが、
私が通う英会話学校は全部で9つのレベル、7つのクラスに分けられています。

英会話のステップアップは
レベル4からレベル3へのステップアップでした。
実はこの英会話学校、
レベル1~3の人は同じクラスでレッスンを受けるのです。
だから、レッスンとして私が今後受けるのは、
そのスクールの最高クラスのレッスンということになります。

しかし、実際の私の英会話レベルは、
『完全には英会話が成立していない』
というレベルにあります。
簡単な会話をインストラクターと行うことはできます。
しかし、多分、一般のネイティブスピーカーと
会話ができるかというとはなはだ疑問が残ります。

そういう人が、そういうレベルに上がってもいいのでしょうか?
私のイメージ(あくまで思い込みの範疇です)では、
そのスクールの最高クラスに在籍する生徒は、
その他の生徒の見本となるような生徒でなければならないと思います。
それは、単純に英会話自体のレベルだけでなく、
その他の立ち振る舞いに関してもそうだと思います。

その反面、生徒は、生徒、あくまで学んでいるという立場である以上、
足りない面があるというのも否めませんが。

現時点で私が最も、納得していないのは、
私をステップアップさせても良いのか?
ということです。

ステップアップすれば、それにより、
生徒自身のやる気が助長され、
ポイント消化⇒スクールの利益という面があります。

でも、それをスクール側が、経営面を重視して乱用しているのでは?という思いがあります。
先日の立ち入り監査が影響を及ぼしているのでは?
とすら疑ってしまいそうです。

テニススクールに関しては、
まだ、技量はもちろんのこと、いろいろ足りない点がいろいろあると思います。(危険なところまでボールを追っかけていったり、時にヒートアップしすぎて注意を受けてます)
だから、正当な評価なのだと考えています。


ステップアップは生徒にとって、
最もわかりやすい評価であり、
それがやる気を促進し、実際に上達することにつながるのでしょうが、
不用意なステップアップはスクールの品格そのものを
犯しかねないのではないかと
思う今日この頃です。
コラム | 投稿者 fortseven 00:54 | コメント(0)| トラックバック(0)

女性は産む機械?

久々の長文です。
お暇な方だけでなく、いろいろな方にお付き合い、ご意見いただけるとうれしく思います。

最近、ニュースを見ると必ずこの話が挙げられ、
辞任するのか、しないのか、そんな話ばかりのような気がします。

「女性は産む機械」

その表現だけにとらわれていませんか?

人間は機械ではない。それだけでもう十分不適切であることは明らかである。
確かに出産は女性にしかできないことではあるが、
当然、男性もいなければ子供ができることはない。
間違いなく、この表現は不適切である。
でも、かの大臣が本当に言いたかったことは
そういうことではないと思います。

少子化問題に関して、
「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」
という部分がクローズアップされているようですね。

現状で産む意思のない女性に関してはあきらめてしまったのでしょうか?
そうじゃなくて、もっと女性が子供を産みたいと思う世の中を作るのが政治家の仕事なのじゃないの?
と思ってなりません。

この言葉の根本に、あるニュースで挙げられたように
少子化問題の原因は女性という心が含まれているのであれば、
それも問題だと思います。

では、女性がいや、私を含め、結婚適齢期、それ以下の年代にあるような人たち全体が
子供を作りたくなる世の中ってどんな世の中なのでしょうか?

あるテニスをする女性の話で、
「自分よりテニスの腕前が劣る男性はそれだけで、チョットね」
なんて話を聞きました。

他にもこれまで、
「恋愛対象の絶対条件に尊敬できる人」
を挙げる女性はかなり多いようです。

現在、いろいろな部分で男女の格差は埋まってきており、
全ての面において女性よりも上回っている男性は非常に少ないと思われます。

逆を言えば、全ての面において、女性よりも劣っている男性も少ない。

要は、女性だけに限らず、男性も含めて、
人のいい面を見ること、見つけることが上手くないのではないでしょうか?
それどころか、人を見下すことが上手くなっているのではないでしょうか?

少子化問題を解決しようとするならば、
まずは、
他人を見下さず、努力を馬鹿にせず、
言葉尻に振り回されず、
話を最後までその心を理解するまで聞いたり、
助け合い、前を向いて歩ける
そんな中で人のいいところを見出していける
そんな教育から始めるべきではないでしょうか?

あの講演を通して、
かの大臣が本当に言いたかったことは何だったのか、
それが気になります。

それだけでなく、男はもっとがんばらねばならんのも
また真実ですね。
がんばります。
コラム | 投稿者 fortseven 23:18 | コメント(2)| トラックバック(0)

勝ちと負け

テニスに限らず、勝負事っていろいろありますよね。

やっぱり、勝てば嬉しいし、
負ければ悔しい。
単純には、できることなら勝ちたいと思う。

でも、
ここで勝ちたいのか?
そこまでして勝ちたいか?
ここで勝ってそんなに嬉しいか?
そんな勝ち方で嬉しいのか?
この状況で、今勝つことにそんなに意味があるのか?

と思うことがテニスに限らず、
たびたびあります。

勝つことの意味、たまには考えてみませんか?
今の周りの状況、これからの先の未来とかね。
コラム | 投稿者 fortseven 23:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

MIXの極意?

先ほどまで、スクールのミッドナイトMIXダブルス大会の観戦に行ってきました。

で、ちょっと思ったのですが、

MIXの極意って、
「笑う」「話す」「解り合う」
ことじゃないでしょうか?

ポイント間には必ず、ちょっとでも話をして、
最後は笑顔で次のポイントを迎える。

パートナーがミスをしたときには、
安易にパートナーを責めることはせず、
今度は自分が取り返すんだって、気合を入れ直す。

ミスを責めれば、
パートナーが萎縮したり、逆に怒りを買ったり、
ろくなことが起きません。

そうして、とにかく普段の練習と同じことを、
試合でも出せるように最善を尽くす。

それで、勝てなかったならば、
単純に今日は相手のほうが強かったと、
それだけのこと。

技術的にああした方が良かったというような、
話は試合後に、試合の興奮状態から
ある程度冷めた状態でした方が良いのではと、思います。

楽しくテニスしたいですね。
特にMIXダブルスは。。。
ある意味では、男女関係の縮図みたいですね。
コラム | 投稿者 fortseven 01:52 | コメント(2)| トラックバック(0)

愚痴

先日、教育基本法の改定法案が可決されたようですが、
その前に、
「いじめた子は登校停止」
という部分は改定されましたね。

話は変わって、
365ブログの記事の中で、
「こんな嫌な人がいた」とか
「こんなマナー違反の人がいた」といった記事が時折投稿されています。
私は、そういう愚痴を記事にすること自体は
別に悪いことだとは思いません。

気になるのは、その後に寄せられるコメント。
例えば、
「そんな奴の考え方など理解できない」
「そんな奴はどこかに消えてしまえば良い」

そのコメントに含まれている心と、
「いじめた子は登校停止」に含まれる心に
通じる点があるとは思いませんか?

間違いを起こした者に対して、
それが間違いであると理解してもらうために糾弾することは
確かに必要なことかもしれません。

でも、それで、何も理解しようともしないで、
ただ、切り捨てるというのはあまり良いことだとは思えません。
確かに、それは最も手のかからない方法であったり、
ある意味では最も効率的な方法なのかもかも知れません。

私は問いたい。
「本当にそれで良いの?」

間違いを起こしたならば、それを気づかせ、
より良い方に導くことはできないのでしょうか?

私の経験では、
「人を10傷つければ、10もしくはそれ以上で自分に帰ってくる。」
「人を10助ければ、1つの助けとなって帰ってくる。しかも帰ってこないこともある。」

助けようと、導こうとすれば、
反対に逆上されることも多々あります。

それでも、私は
できる限りで、助けたい、
間違いに気づいたならば、導きたい。

人はたびたび、間違いを起こします。
それは、人が人である限り、例外はないと思います。
悪いのは「人」ではなく「行為」であり、
人は変われると信じています。

人が何かで、間違いを起こした。
そんな時に、ただ切り捨てるのではなく、
もう少し考えてみてはいかがでしょうか?
なぜ、そうしたのか?
次のために、その人の今後のために、
自分ができることはないのか?

今日の記事はそんな私の愚痴でした。。。
コラム | 投稿者 fortseven 09:53 | コメント(9)| トラックバック(0)

仕事とジレンマ

今回もかなりの長文です。
連休でお暇な方のみお付き合いください。

以前、書きましたが、私の働く会社には
労働基準監督署の査察が入りました。
それでサービス残業に対して厳重な注意を受けました。

また、会社の労働組合には36(サブロク)協定というのがあって、
残業は
1ヶ月に40時間、
1年間で360時間以内に収めなさい
というルールがあります。

私の仕事は化学関連の技術屋(開発職)です。
現在、各社の開発スピードは速く、
開発スピードが会社の業績に大きな影響を及ぼします。

1ヶ月に40時間の残業、
そんなもの、一日あたり2時間も残業すれば、
簡単に超えていきます。
今、日勤で7時までできっちりと仕事を終えている人が
どれだけいるでしょう?

また、7時まで残業しただけで、
他社の開発スピードに打ち勝てる、付いて行くだけのスキルは私にはありません。
開発スピードだけでなく、安全面にも十分な配慮が必要です。

化学と言えば、健康被害、環境被害の元凶の筆頭として挙げられることも多々あります。
それにも関わらず、私達の生活は化学製品に包まれています。
金属、陶器、木材、天然繊維、紙以外のものは
ほぼ全て石油由来の化学製品と考えてもらって差し支えないと思います。
金属、陶器、木材、天然繊維、紙と言いましたが、
厳密に言えば、陶器以外はなんらかの塗料がついているため、
全く化学製品が関与していないのは陶器だけです。
今あなたが触れているパソコンもマウスも、
テニスに使うラケットもグリップもみんな化学製品です。

実は、健康や安全への配慮は、開発そのものと同等もしくはそれ以上の労力を必要とします。

それに対して、たかだか10時間働いたくらいでは、
とても時間が足りません。

私は、働きたい人には、望むだけ働ける制度があってもいいと思います。
そんな例外的な制度ができてしまえば、
それがいつしか慣例化され、過労状態の人を多く生むかもしれない。
それは簡単に予期できることです。
それでも、やらなければならないときがある。
いや、やらなければならない時が延々と続いてしまうのかも知れません。
多分、私以外の会社で働く人も同じような状況下にあるのでしょう。
だから、子供にかける時間が少なくなっているのです。

なぜ、やらなければならない時が続いてしまうのでしょう?

それは、開発速度を遅くするわけに行かないため。
ユーザー要求に応えるため。
その要求は回りまわって消費者が発信点です。

新しく、便利で、素敵なものでなければ売れない。
そうでなければ、人の欲求を満たすことはできない。
そうでなければ、感謝の代償であるお金を払わない。

もう少し、人の欲求の速度が遅くなれば、
大人が子供へかけることのできる時間が増えるかも知れません。
そうすれば、社会は変わるかも知れません。

ただ、技術の革新が、経済の速度が遅くなれば、
景気自体の衰退を引き起こす可能性も十分に考えられます。

ジレンマですね。。。
コラム | 投稿者 fortseven 03:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

いじめ

いじめは無くならない。。。絶対に。

なぜか?

それは、いじめられる側にとっては、苦痛であっても、
いじめる側にとっては楽しいから。
なぜ、楽しいのか?
人間は優越感に対して本質的に快楽を感じるから。


なぜ、いじめるのか?

ある他者の存在がジャマだから。
ジャマな存在を虐げることに快感を感じるから。


いじめはどのような構図から生まれるのか?

一方的に痛めつけることのできる構図から生まれる。
いじめられる側からの逆襲がないと考えた上で
いじめは行われる。
いじめる側は
「あいつが怒っても大したことない」と考えて、
痛めつける。


いじめの根本は何か?

いじめの根本はただのコミュニュケーション。
冗談を言ったり、ちょっとした悪口から始まり、
加害者がそれを楽しいと感じているうちに、
強者と弱者の関係がはっきりとしてきて、
加害者はもっと、面白いことを求めて、
行動がエスカレートし、最終的に度を越し、いじめとなる。
加担するものが現れ、
強者は個人ではなくなり、大勢となることもある。


なぜ加担するのか?
楽しいから、
加担しなければ、自分が弱者に回るかもしれないから、
止めることに失敗すれば、自分がいじめられるかもしれないから。

いじめをなぜやめないのか?
楽しいから、
相手の痛みがわからないから。


いじめは無くならない。
でも、減らすことはできる。


子供は子供同士、互いに接することで、
人間としてのコミュニケーションを学んで行く。
最初は誰もがその中でのタブーを知らない。

知らないから、
誰かが
いけないことは何か、話さなければならない。
どこからがいけないのか、を伝えなければならない。
人の痛みとは何なのか、を教えなければならない。


被害者は弱者である。
だから、絶望に暮れ、時に黙り込む。
だから、気づいてあげなければならない。

いじめを減らすには、
話をする心の余裕と、
気づくための時間が欠かせない。

今の大人にそれらはあるのだろうか?
コラム | 投稿者 fortseven 02:45 | コメント(6)| トラックバック(1)

お金

お金は、人の心を定量できる唯一のもの。

昔は人と人の間のモノのやり取りは物々交換でした。
モノをもらうお礼にモノで返す。
感謝の気持ちとともに。

それでは、あまりに不便だからと、
物々交換を媒介するモノとして通貨が生まれた。

現在では、通貨が十分に流通し、
モノを購入する時、サービスを受ける時
お金で清算する。

それがいつからか、商いの世界で
お金を払ってくれるお客は神様という考え方が生まれ、
お客に対して売り手がお礼を言うのが当たり前、
お客はお金を払っているのだから、
その代価として、モノやサービスを受け取るのが当たり前、
になっているような気がする。

なにか失われてはいないだろうか?

そう、感謝の気持ちである。

お金という代価を払っていても、
回りまわって、互いに社会を作っているもの同士、
やり取りをすれば、感謝をして、お礼の言葉を言ってもいいのではないか?

例えば、
レッスンの後だけではなく、
スーパーやコンビニで買い物をしたとき、
どこかで外食をしたときに
一言、笑顔で
「ありがとう」と言うだけで、
社会がもっと丸くなると思うのは私だけでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 01:58 | コメント(3)| トラックバック(0)

カーナビはいらない?

携帯電話のナンバーポータビリティーサービス始まりましたね。

今日、ネッツトヨタに車の整備に行きました。
その整備を待っている間に、
ネッツにおいてあるauの携帯のブースを見てみると、

最近の携帯電話って、本当にスゴイですね。
ワンセグでテレビは見れるは、
外部メモリーを使って、音楽聴けるは、
果ては、ネット接続でカーナビ機能もあるわで、

ならば、
シガレットライターから電源とって、
FM飛ばしでカーステレオに音源まわせば、
カーナビいらないですね。

ところで、実際のとこはどうなのでしょうか?
ワンセグTVとか、
携帯ナビの実力って、

デジタルチューナー付きのカーナビって、
最低20万くらいするようですが、
携帯で事足りるなら、
ナンバーポータビリティーで、
済ませようかなと思う今日この頃です。
コラム | 投稿者 fortseven 23:51 | コメント(3)| トラックバック(0)

ゴルフの価値

ようこそ、いらっしゃいませ。
せっかくお出で頂いたのに、またまた、長文です。
気が向いて、暇な方のみで良いので、
お付き合いくださいませ。


私は、社会人になってゴルフを始めました。
理由は、会社の部長に誘われてなんとなく、
断る理由も特になかったから、
それと、初ゴルフが先輩の送別会を兼ねていて非常に断りにくかったというのもあります。

今日はテニスとゴルフについて、
個人的観点からその比較をしたいと思います。

・ゴルフは高い!!
一回コースに出るとなると、
休日一日となんやかんやで少なくとも2万くらいかかってしまいます。
テニスなら、個人でコートを借りれば、一人¥3000以上かかることはまずないでしょう。

・ゴルフは会社関係の人と、テニスは…。
たしかに、ゴルフは、テニスに比べて
会社の上司、同僚の間でも、する人が多い、
というよりは、会社関係でしかコースに出る機会はないのです。
ゴルフに行ったら、行ったで全くメリットがないわけでもありません。
職場以外で、コミュニケーションをとることにより、
その人の違う面を見ることができたり、
普段なかなか話をする機会のない部長級の人の話を
プレーの合間の絶妙な間隔で聞くことができたり、
(職場や、飲み会ではプレーの合間がないとただの説教になってしまう)
単純にプレーをゴルフ自体を楽しむことができる
などのメリットもあります。

テニスならば、仮に会社のテニス部に行っても、
直接、業務上関係のある人とテニスをすることはないので、
業務とは完全に離れたところで、プレーすることとなるのです。同僚はいないので、サークルや、スクールならば、なおさら会社との関係性はなくなります。

・ゴルフは初期投資も大きい
テニスを始めるとき、必要なものは、概算で、
ラケット ¥15,000(セール品)
シューズ ¥ 8,000
ウェア  ¥12,000
合計   ¥37,000

ではゴルフは、
ゴルフセット一式 ¥50,000(初心者用)
シューズ     ¥ 8,000
ウェア      ¥12,000
合計       ¥70,000

やっぱり、ゴルフの方が高いのです。
この初期投資の大きさがネックの一つとなります。

・ゴルフは若い人に人気がない?
私の周りでは20代でゴルフをする人がほとんどいません。
なぜでしょう?
先に、ゴルフの初期投資は大きく、それが始める上でのネックという話をしましたが、
スノーボードを比較に出すと、
ボード+ブーツ ¥30,000
ウェア     ¥30,000
グローブ    ¥ 5,000
ゴーグル    ¥ 8,000
合計      ¥73,000
ゴルフに負けず劣らず高いです。
さらに、一回のスノボに行く費用は、交通費も含めると、
ゴルフに負けず劣らずの額となります。
にも関わらず、
若い人のスキー、スノボのプレイ率は
ゴルフに比べとても高いのです。

・スポーツのイメージか?その他にも要因が?
ゴルフ=おじさんのスポーツ
というイメージはかなり強いものと思われます。
また、ゴルフにはスキー、スノボにあるスピード感もありません。また、女性のプレイ人口が少ないのも大きな特徴です。
若い男性にとって(私自身)、若い女性が行う、
ユニセックスなスポーツというのは、出会いがある程度期待できるだけでなく、単純に華があるというだけでも魅力的とだと思います。

ゴルフに行くことで、
確実に、休日一日+2万円は私の手元から離れて行きます。
(もっといろんなものを無くしている気も。。)
それでも、先に述べたようにゴルフをするメリットはあります。

皆さんは『ゴルフの価値』についてどう思われますか?
やっぱり高い?それとも、ゴルフにはその他スポーツにはない価値があると考えるのが妥当なのでしょうか?


P.S. こんな記事をかいた理由は、先日、本部長⇒部長⇒課長⇒先輩⇒私 の順に
『ゴルフコンペの幹事』というキラーパスが回ってきたから、というのはここだけの話です。
また、テニス365の兄弟HPに
ゴルフダイジェストオンライン(GDO)というものがあります。365HPの右上にリンクバナーがあります。
ゴルフ場検索・予約等できて結構便利です。もし幹事が回ってきた時にはご利用くださいませませ。
コラム | 投稿者 fortseven 01:17 | コメント(4)| トラックバック(0)

優しさは、時に、上達を阻害する?

今日のテーマは「優しさとテニス」です。

以前、少しだけですが、
「テニスは人のいないところに、人の嫌がるボールを打つスポーツ」と書いた事があります。

テニスはそういうイジワルな一面を持ったスポーツだと思います。
よって、相手を思いやる優しさは時に、
上達を阻害すると思います。
(そういう状況が全てではないとも思います)

その一例が、サークル内にいました。

その人は、
本当は、
ものすごく速いフォアを打てるのに、
ボレーもきっと上手く打てるのに、

きっと、打つ瞬間に、
相手のことを考えて躊躇しているのだと思います。

ボールと、コートだけ見て打てばきっと、
もっと早く上手くなるのに、

頭のどこかで、これを打つと相手がカワイソウ、
と以前は思って打たずにいたのが、
今では無意識にブレーキをかけているのでは、
とそう思います。


「おいらのことかい?」とコメントが来そうなので、
今日はこの辺で。
コラム | 投稿者 fortseven 22:58 | コメント(3)| トラックバック(1)

【質問】ダブルスの組み方

今日のテーマは「ダブルスの組み方」です。
要はどんなパートナーと組むことが好ましいのか、
ということなのです。

来月の初めに市民大会があります。
サークルの加入者が増えたこともあり、(私も新加入者)
サークル内で、一度、現状のペアを見直しつつ、
よりよい組み合わせを考えてみてはどうかという話が上がっています。
(BクラスからAクラスに上がれる可能性のあるペアを考えてみようという話なのです)

ペアの組み方としては、
単純に上手い人を組み合わせれば良いという考え方や、
決定力のある人と、繋ぐ、ポイントを作る人の組み合わせが良いとか、
ガンガン攻める組み合わせが良い、
などの技術的な面、

または、
気の合う人同士を組み合わせた方が良い、
これまでのペアをできるだけ継続した方が良いなど、
メンタル的な面、

などいろいろ考え方があるかと思いますが、
今回はぜひ、ブレインストーミング的に(一個人的な考え方で結構です)
皆さんの意見を伺いたくお願いいたします。
コラム | 投稿者 fortseven 16:44 | コメント(6)| トラックバック(0)

ありがとう

今日のテーマは
「ありがとう」です。

「愛してる」は
「ありがとう」の最上級だと
私は思うことがよくあります。

それが全ての場合に当てはまる訳ではないのは
承知しています。
それでも、

「愛してる」は
「ありがとう」の最上級だと
私は思いたい。

あなたは
素直に「ありがとう」と言えていますか?
コラム | 投稿者 fortseven 21:32 | コメント(4)| トラックバック(0)

亀田一家について

ボクシングのお話ですが、
亀田興毅選手がついに世界チャンピオンになりました。
私は先ほど帰って来たばかりで11Rからしか見ていないのですが、
最後はふらふらになりながらも決してあきらめない、
そんな闘志が伺えました。

世界チャンピオン、当然ですが、
とても凄いことです。

今日は試合後、完全に号泣していましたが、
興毅選手はこれまでも、試合後うっすらと
目を潤ましていたことが多くありました。

彼にかかっていたプレッシャーはとんでもないものだったと思います。
もし、彼が途中で負けるようなことがあれば、
全ての名声が吹き飛び、彼とその一家からメディアを含め、
ファンも一斉に去っていく、
そんな夢を彼は今まで何度も見てきたのではないでしょうか?

時折放つ、ビックマウスとは対照的に、
彼は以前インタビューで、
チャンピオンになって家族に楽をさせたい、
ベルトを父親に渡したいと何度も
言っていたのが思い出されます。

自分のために、家族のために、
その先頭に立って戦ってきた彼。

そんな彼を今後も応援したいと思います。
そして、彼の戦う姿勢は多くの人々の手本となるものでしょう。

物事に「たられば」を言うのは良くないことと承知はしていますが、
仮に、彼の父親があれほど、
彼ら3兄弟に時間と愛を注がなければ、
こうはなっていなかったと思います。
たとえ、時間と労力を注いでも、
世界のトップとなることは非常にハイリスクで、
普通、それにチャレンジしようと思い切ることですら、
容易な事ではありません。

今日の朝のニュースで、
日本における父親と子供の平日一日あたりのコミュニケーション時間が
韓国に次いで3.1時間と短いと聞きました。

親と子のコミュニケーションはどんなものであっても、
子の力となり、引き継がれて行く。

子供への最大のプレゼントは
お金でも、モノでもなく、
コミュニケーションを通した心なのだと思います。
また、もう子供は親の背中を見て育つ時代は過ぎ去り、
子供は親と正面を向いて、親の全てを吸わなければ、成長できない時代になっているのかもしれません。

最後の
「オヤジ、ありがとう!!」
にグッときてしまったのは私だけではないと思います。
コラム | 投稿者 fortseven 22:16 | コメント(3)| トラックバック(0)

心・技・体

「心・技・体」
スポーツをしている人だけでなく、
多分、ほとんど全ての人が聞いたことのある言葉だと思います。

以下は中学の体育の先生の受け売りです。

一流の選手は「心・技・体」を備えている。
だが、「体」がなければ、
「心」と「技」は身につかない。
「心」は体力のあるものが限界を超えるための練習、
試合でのきびしい状況を乗り越えて身につける。
「技」は体力を持って、繰り返しの練習を行って身につける。
だから、最初はとにかく、体力をつけろ。
走れなければ、何も始められない。
だから、まず黙って走れ。


当時から、納得でき、
また、とても耳の痛い話です。

最近では、データや展開を考慮しなければならないため、
一つ加えて、
「心・技・体・脳」でも良いような気がしますが、
語呂が良くないので、
やはり、「心・技・体」が良いのですかね。
コラム | 投稿者 fortseven 23:44 | コメント(13)| トラックバック(0)

著作権

ブロガーさんの中には、ページ内に著作物を掲載されている方が多くみえるようです。
最近、少し著作権について調べたので、
私の解釈した範囲を記事にします。
解釈違い等ありましたら、ご指摘ください。

長くなりそうなので、最初に結論を書きます。
1.転載禁止の但書のあるものは転載しない。
2.ブログ内にスポンサーバナーなどの営利関連項目を取り入れない。
3.著作物全体を掲載しない。
4.誹謗、中傷と疑われる論評はしない。
5.出所を明示する。
6.警告、注意が出た場合には速やかに掲載をやめる。
以上を守れば、概ねOKと思われます。

著作権法では、
著作物(以下略)に関して著作権者の権利およびこれに隣接する権利を定め、
これらの文化的所産の公的な利用に留意しつつ、著作者等の権利と保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的としています。

著作権法の目的のため、
以下の利用については著作権が制限され、利用できるようです。
・時事問題に関する報道
・引用(紹介、参照、論評)を目的とし、掲載は一部に限定し、原則出所を明示する場合

とは言っても、著作権者がNGと言っている
転載禁止の著作物については避けたほうが無難でしょう。

そのため、例えば動画であれば、試合全てであったり、なんらかの著作物そのものを転載することなく、
一切の営利がなく、純粋に紹介を目的としているならばよいと思います。
本の場合は、表紙と簡単な内容の紹介ならばOKと思われます。
ウィンブルドン等の試合結果に関しては、時事問題の報道と解釈可能と思われるため、これも良いと思います。

また、著作物は
「思想または感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」とあります。
具体的にブログ内に掲載されやすいものとしては、
記事、音楽、写真などが挙げられます。

漫画のキャラクターは
「漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現ではない」
となっていますが、漫画の絵そのものは美術上の著作物です。よって、単純な掲載は厳密には違法です。だたし、著作物本体の販売の妨げとならなければ、訴えられるところまでは行かないと思われます。

具体的にやってはいけないこととしては、
漫画等の内容(ページ)をスキャニングし、掲載するのは非常に危険です。やめましょう。

著作権法違反を犯すと、
民法上、差し止めだけでなく、損害賠償、名誉回復措置が請求され、
さらに、故意の場合には、その上に刑事罰として
最大5年以下の懲役+500万円以下のの罰金が科せられます。

ブログのような小さなものが捕まることは
あまりないとは思いますが、
不幸な事態にならぬよう、みなさん気をつけましょう。

肖像権については、もう少し理解でき次第記事にすると思います。
コラム | 投稿者 fortseven 23:17 | コメント(6)| トラックバック(1)

サンプラスとフェデラー

芝の王者と言えば、この2人。
(ボルグ、マッケンローファンの皆様ごめんなさい、私は彼らをリアルタイムで知りません)

私は、やっぱり芝の王者といえば
サンプラスを挙げたい。
あの油がすべるようだと形容されたフットワーク、
切れ味抜群のサーブアンドボレー、
人間離れしたダンクスマッシュ、
電光石火のパッシング、

そして、1996年をまたいで、
1993~2000年の7回の制覇!!
(1996年はどうしようもなかったと思います。超特急クライチェックが大爆発。220キロクラスのサービスエースを連発。あんなの止められません。)

もちろん、これからのフェデラーにも期待しています。
でも、あのサンプラスを超えられるとは、
ちょっと思えません。

賛同される方、
いやいや、フェデラーの方が凄いと思う方
ぜひぜひコメントください。

(正直なところ、まだフェデラーの凄さがわかっていないだけかもと思っています。それとも、芝=サーブアンドボレーの刷り込みか?)

さあ、フェデラーの4回戦、見よーっと。
コラム | 投稿者 fortseven 00:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

紫外線

もう少しで、梅雨が明け、また暑い、熱い夏がやってきます。
夏になるとやっぱり日焼けが気になります。
(ご存知の方も多いと思いますが、
日焼けの原因である紫外線の照射量のピークは
実は夏ではなく5月ころです)


紫外線は日焼けだけではなく、皮膚がんの原因ともなるといわれています。
紫外線は大きく分けて、
比較的可視光に近い波長を持つUVA
それよりも波長が短いUVB
さらに波長が短いUVCの
3つに分けることができます。
このうちで有害であるといわれているのがUVCです。
UVCは日光に含まれる紫外線のうち数%しかありませんが、
UVCはもともと持っているエネルギーが大きいのです。
そのUVCがDNA鎖自体を断裂、もしくは4種DNA塩基の一つであるチミンの光二量化を起こしてしまい、
DNAが正常な形状を保てなくしてしまいます。

では、なぜDNAに異常が起こるとがんに結びつくのでしょうか?
それはDNAが私達の体を作っているたんぱく質の設計図になっているからです。
そうして、異常なDNAによって作られたたんぱく質により、
まれに細胞分裂を制御できない細胞が生まれてしまいます。正常な細胞はここまでは増殖してもよいという情報を持っていますが、増殖を制御できない細胞は体にとって害となります。
これががんの原因となるがん細胞です。

「日焼けなんてへっちゃらさっ。」
なんて言っている人がいます。
たしかに私達人間には、
壊れたDNAを修復する能力、
壊れたDNAを使わないようにする能力、
異常なたんぱく質を利用しない能力、
異常な細胞を駆除する能力、
などのいろいろな自己防御機構があるので、
そう簡単には皮膚がんになることはありません。

しかし、できる限り
日焼け止めをつけることをオススメします。
暑い夏もテニスを楽しみたいですからね。
コラム | 投稿者 fortseven 20:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

子供とテニス 続編3

子供とテニスの続編2の続きです。
やっぱりかなりの長文です。
つたない文章ですがよろしくおねがいします。

そうして、中学生から高校生となる間に、
彼はどんどん成長していったわけです。

私が学生時代を過ごした町には、
市民団体で「スポーツ少年団」という団体があって、
彼がテニスを始めた場所はその「スポーツ少年団」でした。
スポーツ少年団は
市民主導で市内の小中学生にスポーツの楽しさを広めることを目的とした団体です。
しかし、そのスポーツ少年団では3~4人程度の指導員
(と言っても職業コーチではなく保護者)に対して、
約50人ほどの子供たちが球出し形式で練習するものでした。
一般の保護者さんが自分の時間を割いて子供たちにスポーツを広めようとする精神は
大変すばらしいことに間違いありませんが、
子供の数が多すぎて、練習ではただ球出しのボールを順番に打つだけで、個別の指導をする余裕はなく、子供たちが十分にテニスができる環境とは思えませんでした。

もう一つのレッスンは、
かの家族から紹介された、
この少年団出身の
別の中学1年生の女の子2人と
小学校3年生の男の子1人との練習でした。
親御さんからの要望は
「とにかく、ボールをたくさん打たせてあげて欲しい、
そしてできれば、あの彼のように試合で勝てるようにもして欲しい」ということでした。

プレイレベルは、
女の子2人は、
簡単な球出しはフォア、バックともに無難にこなせるが、
2人でつなぐラリーをすると、5往復続くか、続かないかというレベル。
目標は、高校生相手の試合での一勝。

男の子の方は、
最近、フォアを片手で打つようになったばかりで、
ラケットで球出しをすると、ボールが高すぎて上手く裁けない感じでした。
目標は「全小出場」。

まず、最初に困ったのは
どの程度、この子達を運動させて良いかという点です。
女子中学生になったこともなければ、
小学生の時に、テニスをしたこともありません。
最初の彼の時は、
初期は多少の加減があったものの、基本的に自分が行っていた練習と同じものをしていました。
それに完全に彼がついてきてくれたため、全く問題ありませんでした。

とりあえず、加減しながら、様子をみて進めることにしました。
まず、女の子の方は2人でラリー20往復、
男の子の方は、しっかりラケットを振って、狙いを定めて打つことを目標にしました。

彼女らは、私とゆっくりと作ったラリーならば、最初から20往復くらいはラリーができましたが、
2人で打った時には、一本乱れたボールが混じると、そこから崩れてしまうことが原因で、
ラリーが続かないことがわかってきたので、
ボールが乱れたときにボールを拾うフットワークを作る、
乱れないように、同じボールを繰り返し打つ
を目標に練習をしました。
これらは、基礎的なもののため、
繰り返しの練習が不可欠です。
さらにどうも女の子というのは、
一週間運動をしないと、素の状態に戻る、
運動していない女の子と同等のレベルまで運動レベルが戻ってしまう
ようで、次の週を迎える時にはまた一からなんていうのが、当たり前のことのように続いてしまいました。

それで、毎日500回で良いから、縄跳びをするように勧めたところ、すこしづつ上達するようになりました。

そんな練習を続けていたある日、今月末に試合があるから、
そのための練習をして欲しいとのお願いがありました。

一応、試合形式の練習を混ぜましたが、どうにもこれで大丈夫というレベルにはならぬまま、試合になってしまいました。
単純に心配なのと、彼女らがどのような試合をするのか、気になって試合を見に行きましたが、
ただ返すだけの相手にミスの連続になってしまっていて、
やっぱり攻める練習もはじめないとなりません。

しかし、ようやく移動範囲2歩以内でのラリーができるようになったレベルです。
アプローチをきっちり打ってポイントを取るレベルまでは
かなり道のりが遠く、
実際、私との練習ではそのレベルまでは到達することはできませんでした。

その後も、週一回の練習は続けましたが、結局最後には、
どっちかが高校生との試合で一回戦くらいは何とか勝ってくるようにはなりました。しかし、あまり効率的な練習ができたとは思えませんでした。

唯一、はっきり上手くなったと思えたのはサーブです。
片方の子は優しいボールに対しては、
スマッシュは打てるのに、
サーブではトスしたボールをオーバーハンドで上になでるような羽子板サーブを打っていました。
当時、既に身長が160cm以上あったのですが、
どうも羽子板サーブの原因は、
小学校3年生くらいからテニスをはじめ、
「ネットは高い」という思い込みが、上から打ち下ろすサーブを打つことを妨げていたようで、
スライスサーブのりんごの皮むきのイメージを伝えた後に、
ネットを確実に見下ろせるサービスライン付近から、スマッシュと同じ要領で打ち下ろしで打ち、5本連続で入ったら、一歩下がるという練習を始めたところ、たった2週間(サーブの練習時間にしたら1時間程度)でベースラインからきっちりスライスサーブが打てるようになりました。

また、彼女たちが2年生になってしばらくしたころに、改めて(こっそり)「スポーツ少年団」の練習を見に行ったときのことです。
そのころ、3年生が受験勉強のためいなくなったこともあり、スポーツ少年団では彼女らが最上級生です。私との練習では、頼りない部分を見せたり、子供のようにはしゃいでいた彼女らが、もっと小さい子供たちを引っ張って、ランニングの先頭を走っていました。
その走る姿がいつもの二人とは異なりなんだか頼もしく見えました。そうしたリーダーとしての自覚は人をこんなにも変えるものなのだと思いました。


男の子との練習では、前述したように最初はラケットでの球出し練習を試みました。しかし、普通にラケットでボールを出すと、ボールは彼の胸から肩くらいまでボールが弾んでしまい、まだラケットを片手で持ち出したばかりの彼にはどうにも打ちにくそうでした。
一旦、球出しをやめて、狙いの説明をしようとした時に、彼の目線にあわせてコートを見たときに初めて気づきました。
「ネットは高い」
「コートが広い」
ということに。
と考えれば、ラケットをもっている様子がふらふらしてしまうのは当然です。彼が持っていたのは大人用のラケットで、
彼にとってはやや大きすぎるのだと理解できました。
その後は膝をついての手出しの練習に切り替え、
狙いはまず、ネットを越える高い球を打つつもりで、
しっかり足を出して打つようにと支持を出して、
10球程度で一回休み、そうしたら、また10球で一回休み
を5セットそれが終わったら、自分の打ったボールを拾い、拾っている間に女の子の方をみるというような形で行いました。
10球打ったら、もう軽くふらふらしていましたが、
顔は実に楽しそうです。
いつもよりたくさんボールを打てるのが
もう楽しくて、楽しくて
しょうがないといった様子でした。
ミスした手出しのボールにも、
ラケットをがりがり地面にこすりながら、
必死に喰らい着いて行きます。

その姿を見ていると、
テニスを楽しむ原点はここなんだな、
テニスはボールを打つことが楽しいんだ。
と思わずにはいられませんでした。

その後の連絡でこの子は6年生の時になんと全小に出場したそうです。
テニスの上達には楽しむ心とひたむきさがもっとも重要なのかもしれません。

結局、最後まで私自身に指導者としての力が不足していたため、
きっちりとコーチらしいことはできなかったのですが、
私が大学を卒業して、町を出る前に、
名刺入れとネクタイを彼らからもらいました。
(親御さんの配慮だと思います)
これらは今も大事に使っています。
そして、私の宝物です。
つたない練習の思い出とともに。
コラム | 投稿者 fortseven 02:51 | コメント(4)| トラックバック(0)

子供とテニス 続編2

以前の記事「子供とテニス 続編1」の続きです。

そうして、お金を受け取って、テニスを教える
日本一頼りないコーチが誕生してしまったわけです。

それからも、それ以前としていることは同様です。
教えているというよりは、
ヒッティングパートナー兼球出し役に近いような形で、
練習は続きました。

まともにテニスの指導を受けたことのない人間が、
テニスを子供(といっても中学生ですが)
に教えるというのはやはり困難でした。

自分が知っている範囲は、
例えば、
ストロークを打つときは必ず後ろから入って、
踏み込んで打つだとか、
膝は曲げても上体は倒さないとか、
ボレーは引かずに前で取り、踏み込みは必ずするようにとか、
スマッシュで下がるときは、真後ろに下がるのではなく、
横を向いて下がるだとか、
こういう基本的なことしかなく、
それ以上の高度な技術は全く教えることはできませんでした。

それでも、彼とその親御さんは
満足してくれていたようでした。
また、子供の成長というのは恐ろしいもので、
たったこれだけの内容で、且つ
たった週一回2時間の練習
(他にも彼は練習場所を少しは持っていたようですが、
一番たくさん打てるのは私との練習だと言っていました。)
でどんどん上達して行きました。
練習を開始してから、約一年と少しで、それまで2回戦がやっとだった彼が、
高校生の市民大会では準優勝、県の新人戦ではベスト8に進出するほどになりました。

それまで、月一回は1セットの試合形式の練習をしていたのですが、最初は全くゲームすら取れる気配の無かった彼に、それから少しして、ついに、負けるときがきてしまいました。

その後、私の進学もあって、
結局、私よりははるかに強いかつての練習パートナー
(インカレ出場クラス、でも留年生)に引き継ぐこととなりました。

と、ここまではあの「子供とテニス」とはあまり関係が無いようですが、
あの記事と関連が深いのは、
この家族から紹介された別の子供達との
「もう一つのレッスン」です。
それについてはまたの機会に。
コラム | 投稿者 fortseven 18:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

子供とテニス 続編1

今回は、
前回の「子供とのテニス」を
考えるきっかけなった話です。

またまた、学生時代のお話です。

いつものように、授業後に練習をしていると、
うちの学科の先生が子供を連れてきて、
「すまんが、うちの子もたまにでいいから、混ぜてやってはくれないか?」
と訪ねてきました。
当時、小さな組織だったので、
練習相手がいない日があったり、
その子(当時14歳)が横で練習していたのを見て、そこそこ打てるのは知っていて、
特に断る理由が無かったため、
「いつでも来ても良いよ」と快諾し
それから、ちょくちょく一緒に練習をしました。
ときには、夜間にインドアのコートを用意してもらって
練習をしたこともありました。
また、あるときは以前、コーチの研修を受けていたことを生かして、球出し練習中心で行ったこともありました。
親御さんから聞いたことには、そういう練習に関して彼は
「なんだかコーチと練習しているみたいだ」と大変喜んでいたそうです。

それから、月日が過ぎ、
私も4年生となり、学生としては現役を退き、
研究室での活動が始まり、
テニスとは縁遠くなりつつあったのある日、
またも、かの先生(私が所属していた研究室とは別の研究室の先生)から呼び出され、
「君も研究で急がしいのは承知の上だが、週一回で良いから、うちの子とテニスをしてもらえないか?コートはこちらで夜借りられるコートを用意するから」と
尋ねられました。

その時、私は若干テニスに飢えていたのですが、研究以外の時間は自分が食べるためにバイトしなければならないことと、研修は受けたもののコーチとしてレッスンに出るレベルにはなく、それでお金を受け取るわけにはいかないことを説明すると、

親御さんは
「じゃあ、私たちがあなたの時間をバイトの給料とほぼ同額で買います。その時間でうちの子とテニスをしてやってください」とまで、言ってくれました。

それで結局、そのオファーを受けることにしました。

とりあえず、あまりの長文になってしまったので、
この続きは次回へ。
コラム | 投稿者 fortseven 01:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

時を駆けて。

学生時代は時間が豊富にあり、
週少なくとも5日はテニスをしていました。

おかげで、授業の後、
アップして、
2時間ぶっつづけで乱打、
フットワーク練習、
さらに30分のジョギングでクールダウン
なんてことを毎日していました。

少人数の組織だったので、大体いつもパートナーは一緒でした。
一日の練習の勝敗は先にラストを掛けた方と
勝手に心の中で決め、日が暮れて、
もうボールがホントに見えなくなるまでテニスをしていました。
結局、目立った戦績は上がりませんでしたが後悔はありません。

今、思えばとても幸せな日々だったと、
また、良い思い出だと思います。

では、現状はと言うと、
テニスは週1回がいいところ、
全力では、いいとこ5分程度しか、もたず、
当時は拾えていたボールが拾えなくなり、
パスが打てていた、ボールは拾うだけ、
ボレー、スマッシュでは、ヘッドが出てこず、アウトが多い。

社会人でも、バリバリの人は多くいます。
しかし、当時のように練習する時間はなかなか取れません。
また、私のようにもともと運動神経の良くない人間は
練習という努力を怠ると、
あれよあれよという間に、堕ちて行きます。

今、学生として、テニスを愛し、毎日テニスができる環境にある人への
私からの願いです。

今の環境と、今という時間は、今しかないのです。
今、できること、すべきこと、望むことを一生懸命行って下さい。
一生懸命考えて行ったことに対しては、きっと後悔しません。
その時の自分にとって、それ以上は無かったのですから。
一寸でも悔しいと言う想いのある内は、
決してやめてはいけません。後で、きっと後悔します。

悩みや苦しいことも多々あるでしょう。
でも、自分と、厳しいことを言っても自分のことを思ってくれる人を信じて進んでください。
私は、本当にやさしい人は厳しい人だと信じています。
半端な優しさは後に後悔を引き起こします。

失敗の言い訳を考える暇や
失敗をした人を責める暇があったら、
失敗から次へと進むためのことを考えてください。
「自分は悪くない」とか「あいつが悪い」と言うよりも
「あそこが良くなかった、だから次はこうしよう」と考えてください。

と、読み直すとまるで、
テニスに限らず、明日の自分へ送る言葉のようですね。
明日もがんばります。
今は、今しかないのですから。
コラム | 投稿者 fortseven 01:49 | コメント(2)| トラックバック(0)

壁打ちのススメ

私が今使っているショットのほとんどは、
学生時代に壁打ちで基本を叩きこんだものです。

私が通っていた大学は某有名政治家さんのおひざもとにあります。
そして、その方が首相になったときに、
なんと、クレーコートがオムニコートになりました。
本当にその政治家さんの影響なのかは、謎のままですが。。

当時のテニス仲間は私を含めて4人で、
大学のコートはオムニ4面と、
今思えば、大変恵まれた状況にありました。

しかし、コートはあっても、各自、授業、実験、バイト等でなかなかバッチリ時間が合うということはなく、
いつも、練習前に30分から1時間ほどの待ち時間がありました。

そこで、行っていたのが、壁打ちやスタンディングヒットと言った一人練習です。

壁は本当に便利な練習相手でした。
壁打ちでは、いろいろな練習ができます。
ストローク、ボレー、スマッシュの基本から、
振り回し、ファーストボレー、カウンターくらいまでは何とかできます。
さすがにリターンとロブは無理ですが。。。
(リターンにはサーバーが、ロブ打つには落下点の感覚が必要なため)

特に、バックハンドスライスは
基本的に逆回転をかけて打つので、
壁から跳ね返る球が地面方向に向くので、
オーバーバウンドが少なく、
壁打ちとの相性が良いと思われます。

壁打ちの利点はいくつもあります。
・基本練習をいくらしても、球出し相手を気遣わなくてもよい。
・タイミングが早いので、準備を早くする習慣が着く。
・自分の打つ球が安定しないと、練習にならないので、
丁寧に打つことを覚える。

もし、お近くに壁があれば、
たまには、壁打ちを行ってみてください。
忘れていた基本を思い出せるかもしれません。
コラム | 投稿者 fortseven 00:39 | コメント(6)| トラックバック(0)

テニスと教育

先日の記事にて、「子供とテニス」について書きました。
今回は、その続編として、テニスと教育について書きたいと思います。一部、私自身の偏見と思い込みが含まれている恐れがあります。ご了承の上、お読みください。










社会人になる以前の学生時代にバリバリ、テニスをし、愛していた人のうちで、今もテニスを続けている方は多くいらっしゃることと思います。ただし、それは単純な個人の趣味の延長線上であり、テニスを生業としている方はプロプレイヤー、コーチ、メーカー関係者を含めても、ごく一部だと思います。
テニスに限らず、野球、サッカー、その他のスポーツ、さらに言えば、芸術などの文化についても同様の傾向が見られるとも、思います。

一方、現在、教育の現場では、教師の過労状態もまた問題となっていると聞きます。教師は中学以上の学校では、クラス担任、教科担任、部活顧問を兼任していることが多く、平日昼間はクラス担任、教科担当として、平日夕方以降、休日は部活動に時間を奪われ、それにより、教師自身の心のゆとりがなく、全ての生徒の心の問題まで手が行きとどかず、それにより、多くの生徒が望まざる生活へと堕ちて行くことが問題となっているとも聞きます。

私は、部活顧問講師制度があればと、今まで何度も思ったことがあります。
私の言う、部活顧問講師は、基本的に担当授業を持たず、部活顧問とクラス担当を主な業務とし、時には、いくつかの授業にオブザーバーとして参加する講師です。
授業は、教師のワークエリア、部活は講師のワークエリアとして、分割し、従来の教師が一人で背負っていた責務を分担して、余った労力を生徒のメンタルケアに充てることが、この制度の目的です。

私の知る限りでは、それまでに、全国クラスもしくはそれに準じたの戦績を残した人は精神的にも優れた人が多く、こう言った人が、さらにスポーツを指導するためのトレーニング、メンタルケアに関するトレーニングを積めば、講師にふさわしい人物になれると信じています。故に、資格としては、テニスでは、日本体育協会公認 テニス教師+メンタルケアトレーニングを修了した者が妥当だと思います。

このように、人を使うシステムがあれば、当然、人権費が発生します。それはどこから得れば良いのでしょうか?私は教育税ってあっても良いと思います。課税対象は、扶養対象者のいない、所得税対象者です。生き方が多様化し、出生率が低下している昨今、子供よりも、仕事や自身の生きがいを重視する人が増えていると聞きます。ならば、子供を持たない大人が、子供を持つ家族を支えるシステムってあってもいいんじゃないでしょうか?

また、お金といえば、最近のメディアで、教育を目的として掲げた赤字を垂れ流す半公的ハコモノについて伝えられることが度々あるようですが、人を育てるのは、モノではなく、間違いなく人です。(どこかのクレジットカードの宣伝ではありませんが)

子供は、社会にとって磨けば光る原石です。ただし、磨かなければ、光る可能性が失われてしまいます。また、磨くには多くの時間と労力が必要で、磨き方もできれば、高度な方が良いと思います。そのためのこと、真剣に考えることが必要になっているのではないのでしょうか?今後の教育に必要なのは、「ゆとり」ではなく「強さ」なのかもしれません。

そういった社会の延長線上でなら、世界で戦える日本人が今よりも多く生まれるのではないでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 01:12 | コメント(4)| トラックバック(0)

子供とのテニス

ここのブログユーザーさんの中には、
お子さんとテニスをしている方も何人かいらっしゃるようです。

私なりに子供とテニスについて考えてみましたので、記事にします。

体の小さい子供にとって、大人のテニス用具は大きく、
私たちが考えるよりも使いにくいものだと思います。
大体、体重が3分の1、身長が3分の2だとすると、
子供たちは、大人の感覚で、
ボールはソフトボールくらいの重さで、
ラケットは1kg近くあり、
140cmくらいの高さのネットがある、
とても広いコートでプレイするのと大差ないように思われます。

仮に、大人が上記条件でテニスをしたらどうなるでしょうか?
多分、片手でボールを打てる人はほとんどいないと思います。
また、何回か練習するうちに、きっと、どこかを痛めるでしょう。
日本の中学以下の学校に硬式テニス部が少ないのは、
正しく知識を持って高い安全性を確保しつつ、
教えることのできる教師を確保しづらいことが
原因のひとつにあるのかも知れません。

一般プレーヤが子供とテニスをする場合(レッスン含む)、
少なくとも、小学校低学年までは、
できるだけ、ラケットを持つ以外練習を考えるべきなのではないでしょうか?

ラケット持たない練習としては、
テニスとほとんど同じ動作のできる練習、例えば、
オーバーハンドでワンバウンドキャッチボール(サーブ)、
二人組みでボールを一個ずつ持って、フットワークを組み合わせながら、
同時に投げるキャッチボール(ボレー)、
投げ上げたボールを利き手の反対の手で取る(スマッシュ)、
などがあると思います。

対象が子供ですから、この中にゲームとしての要素を
楽しみとして組み合わせてあげられると、
とても良いと思います。

やはり、テニスは打ってなんぼのスポーツなので、
打たせてあげることも大事だと思います。
硬球での打ち合いはある程度慣れるまで避け、
しばらくは手出しのストロークが適当だと思います。

また、テニスにも、サッカーや野球などのその他スポーツと同様に
ジュニア用ラケットを初めとする子供用の用具があります。
他にはスポンジボール、子供用の低いネットなどもありますので
予算に都合がつく場合にはオススメです。

あとは、親御さんがスクールのジュニアレッスンを見学するのも良い方法だと思います。
(きっと見学だけなら無料です)

子供とテニスをする前に
一度、ひざ立ちで子供の目線に合わせて、
コートを眺めてみてください。
子供とのテニスの仕方が見えるかも知れません。

偉そうな記事になってしまいましたが、
テニスを愛する親子の参考なればと願います。
コラム | 投稿者 fortseven 22:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

テニススクールにおけるマナー

私にとって、
テニススクールって、料金さえ払えば誰でも受け入れてくれる大変ありがたい施設です。
誰でも受け入れてくれるため、老若男女、いろんな人が来ます。
それでもテニススクールのレッスンでもマナーってあるんじゃないでしょうか?
広辞苑で調べると、
【マナー】
「行儀。作法。」
とあります。
さらに調べると、
【行儀】
「修行・実践に関する規則」
とあります。なんだか具体的でなくわかりません。

要はレッスンに出ているより多くの人(好ましくは全員)が楽しめればいいのだと思います。

ここから書くことはマナーというよりは、私の願いに近いと思います。

実際のところ、レッスンってレベル分けがあり、コーチが全体を統括しているため、基本的には問題ないと思います。
ただ、会員さんは各自、目的がレベルアップ、健康増進、ストレス解消といろいろ異なるため、会員さん同士の打ち合いでは、まれに問題を感じます。

会員同士のラリータイプの練習で、いきなりエース級の球やどうしようもないバックアウトを連発する人が度々見受けられます。こういう人と多くあたるローテーションにはまると、何をしに来たのか、判らなくなることがあります。

少なくとも、
最初の3から5往復くらいはリスキーなボールは避け、
つなげることを心がけて欲しいのです。
(あまり続けすぎると、他の人の順番が回らないため問題かもしれません)

振り切らないと入らないとか、
試合に使えない球は打ちたくないとか、
取れない奴が悪いとか、
言い分はいろいろあるかと思いますが、
それで、自分も相手も周りもみんな楽しいのでしょうか?

先日、中上級のレッスンでこんなことがありました。
普段、上級のレッスンを受けている人が時間の関係で、中上級のレッスンに出てきた時のことです。
ネット裏の会員同士の2:2のボレーボレーで、パンチボレーばかり打つのです。本人は、基本に忠実にしっかり足を出して、打っているのでしょうが、なにせ、ネット裏のボレーボレーです。スペースが狭く逃げ場はありません。相手の人は何とか返せていましたが、なんとも辛そうでした。次の人はほとんど返せていないようでした。上級者ですから、周りの人より上手いのは当然です。上級者なりの余裕を回りに分けてあげたらいいのにと思いました。

私の理想のレッスンは、誰かがエース級のショットを打ったときに、コーチだけでなく、皆で、褒め称えることができるようなレッスンです。

テニススクールの人間関係って、レッスンが終わったら、
「ハイ、さよなら。」って感じで、結構ドライで希薄なことが多いように思います。ゆえに、私も無意識のうちにレッスン中に誰かに不快な思いをさせていることがあるかもしれません。

今後、レッスンを楽しくするために、
・良いレッスンのために、こんなことを心がけている。
・レッスンでこんな不快なことがあった。
などありましたら、ぜひコメントをお願いします。
コラム | 投稿者 fortseven 22:15 | コメント(2)| トラックバック(1)

愛しいラケットたち

ラケットって、テニスをする人ならば、必ずと言っていいほど持っているものだと思います。
楽しい時間をくれるラケットですが、いつかはお役御免となり、そして、ある程度の期間を持って買い換えるものでもあると思います。

私の場合、これまで8種類のラケットを購入しました。自分に合わないもので1年(最短は3ヶ月)、気に入って使っているものでも、ラケットの急速な進化の波に飲み込まれて4年で買い替えをしてきました。
ともすると、テニス歴が延びるごとに部屋がラケットにだんだん占拠されていくはずですが、買い替え後に幸い引き取り手が現れてくれて、引き取ってくれたものが多く、現時点で手元にあるのは、5本です。

他のものなら、いざ知らず、ともに楽しい時間、苦しい時間を過ごした戦友のような、愛着があり、信頼できる人に譲ることはできても、まだ、捨てたことはありません。
ただ、世の中の流れとして、物を捨てづらくなっていることもたしかですし、墓場まで引きずっていく覚悟もないので、いつかは捨てる時が来るかもしれません。

あるHPに書いてあったのですが、最近のテニスラケットは炭素繊維と金属繊維を編み上げ、それをエポキシ樹脂で固めたものでできており、FRP(強化プラスチック)の一種であるそうです。ちなみに炭素繊維は1000℃でも燃えないそうです。
廃棄FRPといえば、不燃ごみの代表例で、その成れの果ては埋め立てごみとなるものです。

愛着を持って使っていたものの最後が埋め立てごみとは、なんとも悲しく思います。
なにか、良いお別れの方法はないものでしょうか?
コラム | 投稿者 fortseven 22:41 | コメント(1)| トラックバック(0)

テニスコーチというお仕事(内容ややエグいです)

最初に断って置きますが、私はテニスのコーチではありません。。。
さて、表題のテニスコーチというお仕事についてですが、
あれはきびしいですね。
ある意味では、一番つらいテニスの仕方なのかもしれませんね。
先日、某テニススクールを去られたコーチとお茶をしました。
スクールコーチという立場における難しさ、例えば、会社の評価基準とか、レッスン中でどうしたらできるだけ多くの会員さんが楽しんでくれるかとか、エンジョイ派とレベルアップ派を両立させるレッスン方法とか、どうしたらレッスンの目的を会員さんに伝えられるかとか、強いボールを打てる会員さんには注意を払わなければならない(他の会員さんの安全のために)等の話をしました。
推測まじりですが、どうも評価は会員さんの出席数との関係が強いようで、そのためにはコーチ自身が会員さんに好かれる必要があり、人気獲得のためにしたことが、他のコーチに間接的に負担になるなんて話もありました。
一通りそんな話の後、そのコーチが移った組織の話となり、
結局のところ、そのコーチの目的は「営業的引き抜き」だったのかもしれません・・・。

やっぱり、テニスはあまり深く考えずに体に負担がかかり過ぎない程度で、シンプルに楽しめるのが一番いいのではないかと思います。

そのコーチは私が半年以上お世話になったコーチなので、
新しい組織での成功を祈ります。
コラム | 投稿者 fortseven 00:22 | コメント(3)| トラックバック(0)

fortsevenの独り言

前を向こう!!

fortseven
<<  2009年 2月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
日々想うこと
天下り
02/09 23:05
人間関係としっぺ返し
11/16 00:52
クマ…。
10/27 00:34
某市シングルス選手権…
10/18 10:07
帰ろうかと思った…。
10/08 23:56
下がれ!!!
10/05 00:34
試打レポ⑫RQiS …
09/20 01:51
ダンロップワールドチ…
09/03 01:40
エブリデイその2
08/30 00:54
エブリデイその1
08/28 02:24
エブリデイクラブ
08/19 00:23
06/30 22:59
ちゃんと…。
06/29 11:06
公営大会と草トー①
03/16 23:00
偽装と欲望
03/14 02:04
ジャッジ
03/12 22:31
ワーク・ライフバラン…
03/11 00:50
花粉症のあなたに…
02/26 01:30
精神をつなげる
02/17 15:56
大したこと
02/17 15:24
みんなのいけん
How much d…
Abigail 10/25 14:03
Could you …
Jason 10/21 21:14
We used to…
Thomas 10/18 17:47
I'm intere…
Camila 10/15 11:11
Stolen cre…
cooler111 10/10 07:11
I work wit…
Kylie 09/30 11:26
Hold the l…
Angel 09/30 06:16
I've been …
Bailey 09/03 21:03
It's OK <a…
Parker 08/04 01:46
Could I ta…
gobiz 07/24 03:06
最近のトラックバック
長崎ちゃんぽんリンガ…
02/27 19:15
ただ「生きる」という…
11/06 02:05
YouTube違法サ…
10/28 00:48
優しさをもって、勝っ…
09/05 19:44
来年のフェドワールド…
07/17 23:49
【全勝】日本チーム
07/17 03:45
【完全勝利】日本チー…
07/17 03:43
オクサマ’s
06/25 18:00
テニスより
06/21 19:39
アミノバイタル ハイ…
06/02 21:36
このブログサービスは「テニス365 テニスブログ」で運営しています。テニス365会員なら無料でご利用・作成いただけます。